「怒ると波動が下がる」のか

上司の言い方に腹が立った。その直後に「怒ってはいけない」「怒ると波動が下がる」「怒りは悪いことを引き寄せる」という言葉が浮かび、怒りを飲み込む。飲み込めなかった日は、自分を責める。飲み込んだあとに浮かぶのは、たぶんこの問いです。怒ると、本当に波動は下がるのか。

編集部には波動を測る方法がなく、怒ると下がるとも、下がらないとも書けません。書けるのは、怒ったという事実を、波動が下がった証拠として読まなくてよい、ということです。怒りは、何かを知らせている反応として読めます。何を知らせていたかを見て、守りたかったものを1行書く。消すのでも、ぶつけるのでもない、3つ目の扱い方です。

怒りを、次に起きる悪いことの原因にする並べ方

「怒ると波動が下がる」「怒りは悪いことを引き寄せる」は、怒りを、これから起きる出来事の原因の位置に置く言い方です。昼に腹を立て、夕方に嫌なことがあれば、2つは線でつながれ、線の始まりにいるのは自分になります。腹が立つたびに、まだ起きていないことまで自分で悪くした気分になることがあります。

波動が下がったのか、引き寄せたのか。確かめる手立ては編集部にありません。確かめられないので、この記事では、怒りが知らせていることのほうを見ます。「いけない」と決めても腹は立った、という人に残るのは、怒らない自分ではなく、怒った自分を責める時間であることがあります。波動という言葉の扱いは波動を上げたいのに上がらないのはなぜかに、怒りに限らないネガティブな考えと引き寄せの話はネガティブなことを考えると悪いことを引き寄せるのかにあります。

知らせているものは、1つではありません。大事にしているものを踏まれた合図。寝不足や血糖値の低さで下がった沸点。言えなかったことの積み残し。自分自身への怒り。この4つは研究による分類ではなく、編集部の分け方です。

大事にしているものを、踏まれた合図のとき

約束を破られる。自分の時間や物に、断りなく手を入れられる。これは研究ではなく編集部の整理ですが、怒りには、何かを踏まれたときに出るものがあります。踏まれたのが時間か、決める権利か、筋を通すという決まりか。それが分かると、怒りは下がった証拠ではなく、何を大事にしているかの目印になります。

この種類の怒りで書く1行は、「何に腹が立ったか」より「何を守りたかったか」です。「遅刻に腹が立った」で止めず、「守りたかったのは、相手の時間と自分の時間が同じ重さであること」まで書く。踏み込まれたのが自分の領分か、大事にしている決まりかの分け方は嫌いな人は自分の鏡なのかにあります。

寝不足や血糖値の低さで、沸点が下がっているとき

同じひとことでも、よく寝た朝は流せて、寝不足の夕方は流せない。クリザンとヒスラーの研究(2019)は、地域住民142人を、ふだんどおり眠る組と、2日間にわたって睡眠を削る組に無作為に分けました。その前後に、不快な騒音が流れる中で製品を評価する課題を行い、その間の怒りと気分を自分で評点しました。睡眠を削った組では怒りが強まり、騒音に繰り返しさらされるうちに怒りが弱まっていく慣れが、逆向きになりました。効果の大部分は、本人が感じていた眠気で説明されました。

血糖値の側では、ブッシュマンらの研究(2014)が、夫婦107組の血糖値を、21日間、毎朝の食事の前と毎晩の就寝前に測りました。参加者は毎晩、配偶者への怒りの強さに応じて配偶者を表す人形に0本から51本の針を刺しました。21日のあと、配偶者と競っていると伝えられた25回の反応速度の課題(実際の相手はコンピュータ)で、勝った側が負けた側に流す騒音の強さと長さを決めました。血糖値が低いほど針は多く、騒音も強く長いものでした。

クリザンらの実験は2日間の睡眠制限を、ブッシュマンらの研究は血糖値と行動の関連を見たもので、疲れ全般や空腹そのものは測っていません。日常の怒りを追ったものでもなく、眠れば怒らなくなる、何か食べれば収まる、と確かめたものでもありません。編集部の読み替えでは、怒りの大きさには、相手の言葉だけでなく、眠気や血糖値という体の側の条件が混ざっていると考えられます。沸点が下がっていた怒りなら、書く1行は「眠っていなかった」「食事の間が空いていた」という体の側の事実です。この書き方は研究ではなく、編集部の例です。

言えなかったことの、積み残しのとき

その場では黙り、帰り道で腹が立ってくる。言えなかったことが積み残されているときの形です。グロスの研究(1998)は、参加者120人に不快な映像を見せ、3つの組に分けました。何も感じないように映像の見方を変える組(再評価)、感じていることが外から分からないよう振る舞いを抑える組(抑制)、そのまま見る組です。測ったのは、表に出た行動、自分で評点した不快感、体の生理的な反応です。再評価と抑制のどちらも表に出る行動は減らしましたが、再評価は不快感そのものを下げ、抑制は交感神経系の反応を高めました。

グロスの実験は不快な映像を使った実験室の研究で、扱った感情は怒りではなく、職場や家庭で怒りを飲み込む人を追ったものでもありません。抑え続けると心身にどうなるかを示したものでもなく、この記事もそこには踏み込みません。怒りの場合にどうなるかは、この実験からは分かりません。編集部の読み替えとして持ち帰るのは、外に出さないことと、中で収まることは別だという区別だけです。この種類の怒りなら、書く1行は、言えなかった言葉そのものです。

自分自身への怒りのとき

人に腹を立てたあとで、矢印が自分に向く。「なんでこんなことで怒るのか」「なんであの場で言えなかったのか」。相手への怒りが収まらないうちに、怒った自分、言えなかった自分への怒りが重なります。相手は帰れば視界から消えますが、自分はその場に残ります。研究ではなく、編集部の整理です。

この種類の怒りにも、守りたかったものがあります。「言いたいことを言える自分でいたい」「こんなことで揺れない自分でいたい」。書く1行は、「自分の何を守りたかったか」です。守りたかったものが分かっても、責める言葉が止まらないときの扱いは自己否定をやめたいときに分けました。

ぶつければ、消えるのか

「ため込むより出したほうがいい」と、物に当たる方法も語られます。ブッシュマンの研究(2002)は、大学生600人(男女300人ずつ)に短い意見文を書かせ、別室の相手(実在しません)からきびしい否定的な評価を受け取らせて怒らせました。そのあと、相手のことを考えながらサンドバッグを叩く組、体を鍛えることを考えながら叩く組、叩かずに2分間静かに座る組に分けました。測ったのは、15語の形容詞で評点した怒りの気分と、相手との反応速度の勝負で勝った側が負けた側に流す騒音の強さと長さです。相手を考えながら叩いた組は、他の2つの組より怒りの評点が高く、静かに座った組より騒音も強く長く設定しました。前向きな気分に、組による差はありませんでした。

ブッシュマンの実験は、見知らぬ相手から1回きびしい評価を受けた場面の実験室の研究で、家族や職場での長い怒りも、枕を叩くことや紙に書くことも調べていません。それでも、怒った相手を思いながら物にぶつけることが、怒りを下げる方向には働かなかったという結果は、人や物にぶつける方法を勧めない理由の1つです。1行書く動作は、ぶつけることとも飲み込むこととも違い、怒りを紙の上に中身ごとに置くだけです。

怒りの中身を、4つに仕分ける

画面が狭い場合は、表を左右にスクロールできます。

怒りの中身よく起きる形研究で言えること、言えないこと書く1行
大事にしているものを踏まれた合図約束を破られた。時間や物に、断りなく手を入れられた研究ではなく、編集部の整理守りたかったもの
寝不足や血糖値の低さで下がった沸点寝不足の夕方。食事の間が空いた日。同じ言葉が流せない2日間の睡眠制限で怒りが強まり、血糖値が低いほど配偶者への攻撃が多かった研究がある。疲れや空腹そのものは測っていない「眠っていなかった」「食事の間が空いていた」(編集部の例)
言えなかったことの積み残しその場で黙り、帰り道に腹が立ってくる振る舞いを抑えた組は不快感が下がらず、体の反応が高まった実験がある。怒りではなく不快感の実験言えなかった言葉そのもの
自分自身への怒り人に怒ったあと、矢印が自分に向く研究ではなく、編集部の整理自分の何を守りたかったか

寝不足の日に大事なものを踏まれたなど、1つの怒りが2行にまたがるなら、両方に1行ずつ書いてかまいません。起きたことと受け取ったことを分けて書く形は事実と解釈を分ける方法にあります。

架空の例:会議で資料の説明を引き取られた藤田さん

編集部が作った架空の例です。実在の相談や、受講生の事例ではありません。

水曜の午後、藤田さんが3日かけて作った資料を、会議の途中で上司が「あとは私から」と引き取り、最後まで説明しました。藤田さんは黙っていました。帰りの電車で腹が立ってきて、同時に「怒ってはいけない」という言葉が浮かび、その夜は怒った自分を責めて終わりました。

仕分けると、この日の怒りは3行にまたがっていました。守りたかったのは「自分の仕事に自分の名前がつくこと」で、1行目。昼を食べる時間がなく、会議は15時からで、2行目。「ここは私が説明します」と言えなかったことが、3行目です。この3つを、次の夜に1行ずつ書きました。

3週間で紙に残ったのは9行。読み返すと、守りたかったものの欄に、同じ言葉が4回ありました。「自分の仕事に自分の名前がつくこと」。その夜も、1行書きました。言うかどうかは、まだ決めていません。

今日できる1つの動作 怒りを感じた場面と、守りたかったものを1行書く

  1. 今日、腹が立った場面を1つ選ぶ。流せなかったひとことで十分です。
  2. その場面を1行で書き、続けて「守りたかったのは」から書き始める。時間、決める権利、筋、自分の名前。出ないときは「眠っていなかった」「食事の間が空いていた」でもかまいません。
  3. 4つのどれに近いかを、行の頭に印で付ける。2つにまたがれば2つ。決められなければ空けておきます。
  4. 言うかどうかは、今日は決めない。書いた行は、相手に見せるためのものではありません。

怒りが人や物に向かうとき、自分を傷つけたくなるとき

人を殴る、物を壊す、手が出そうになる。あるいは、怒りのあとで自分を傷つけたくなる。こうした場合は、仕分けより医療機関(精神科、心療内科など)への相談を優先してください。相談先が分からないときは、厚生労働省のまもろうよ こころが、こころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556。相談対応の曜日・時間は都道府県によって異なります)を案内しています。「死にたい」「消えたい」「生きることに疲れた」という気持ちがあるときは、同じページの#いのちSOS(0120-061-338)が、毎日24時間、電話で受け止めています。職場で暴言や無視、人前での叱責が続いているなら、同省の総合労働相談コーナーが、いじめ・嫌がらせ、パワハラを含む労働問題を、全国378か所で予約不要・無料で受けています。身に危険が及んでいるときは110番へ。この記事の1行は、人や物に向かい始めた怒りを止めるためのものではありません。

この記事が約束しないこと

このとおりに書けば怒りが消える、怒らなくなる、人間関係が良くなる、とは書きません。「怒ると波動が下がる」「怒りは悪いことを引き寄せる」が本当か嘘かも決めません。怒りを人や物にぶつけることも、我慢し続けることも勧めません。怒りやすさや怒れなさを、性格や育ち、診断名で説明することもしません。引用した研究は、睡眠を削ったあとの怒り、血糖値と配偶者への攻撃、不快な映像を見るときの抑制と再評価、きびしい評価を受けたあとにサンドバッグを叩くことを扱ったもので、怒りを飲み込んできた人を追ったものではなく、抑えると体にどうなるかを示したものでもありません。

怒りの中身を見る1行の先で、自分が何を大事にして日々を選んでいるかまで見直したい方は、脳質改善セミナーの内容を確認することができます。怒りを消す方法は、セミナーにもありません。気分の落ち込みや眠れない状態が続く、生活に支障が出ているときは、ひとりで抱え込まず、医療機関や公的な相談窓口への相談を優先してください。相談先は、厚生労働省のまもろうよ こころが、電話やSNSの窓口を案内しています。脳質改善は医療ではなく、この記事は診断や治療ではありません。

よくある質問

怒ると波動が下がる、怒りは悪いことを引き寄せる、というのは本当ですか?

編集部には波動を測る方法がなく、確認した範囲では、怒ったあとの出来事を追った研究も見つけておらず、本当とも嘘とも決めません。代わりに、怒りを下がった証拠として読まず、4つの中身のどれに近いかを見ます。昼に腹を立てた自分を、夕方の嫌な出来事の原因に据える必要はありません。

怒りを我慢するのは、体に悪いですか?

この記事は答えません。参照した実験は、不快な映像を見るときに振る舞いを抑えた組で体の反応が高まった、という1回の実験室の結果で、怒りを長く我慢した人の健康を調べたものではありません。言えるのは、外に出さないことと中で収まることは別だ、という区別までです(編集部の読み替え)。体の不調が続くなら、医療機関への相談を優先してください。

怒りは、物にぶつけて出したほうがいいですか?

勧めません。きびしい否定的な評価を受けたあとに、相手を思いながらサンドバッグを叩いた大学生の組は、叩かずに座った組より怒りの評点が高く、相手に流す騒音も強く長かった、という実験があります。1回の実験で、枕を叩く習慣を追ったものではありませんが、この実験では、叩いた組の怒りは下がりませんでした。

怒れない、怒りを感じない自分はおかしいですか?

おかしいとも、何かの特徴だとも書きません。性格や診断名で説明もしません。怒りを感じないように見えるとき、言えなかったことが別の形で残っていることもあれば、そもそも踏まれたと感じていないこともあります。どちらかに決めず、腹が立ったはずの場面を1つ選び、守りたかったものを1行書くところから始められます。

藤田さんの紙に残った、最初の1行

消すのでも、ぶつけるのでもない1行。藤田さんが最初の夜に書いたのは、こうでした。

「会議で、資料の説明を途中で引き取られた。守りたかったのは、自分の仕事に自分の名前がつくこと。」